仙台高等裁判所 昭和25年(う)171号 判決 1950年7月01日
被告人
風見章
外一名
主文
本件控訴はいずれもこれを棄却する。
被告人風見章に対し当審における未決勾留日数中百日を本刑に算入する。
当審における訴訟費用は被告人風見章の負担とする。
理由
弁護人辺見惣作の控訴趣意第一点及び被告人風見章の控訴趣意について
被告人風見が昭和二十四年十二月十四日の期日の本件公判延期願に添付した医師柴橋惣太郎の診断書には、同被告人の病名と症状のみ記載してあつて、刑事訴訟規則第百八十三条第三項所定の、公判期日に出頭することができるかどうか、自ら又は弁護人と協力して適当に防禦権を行使することができるかどうか及び出頭し、又は審理を受けることにより生命又は健康状態に著しい危険を招くかどうかの点に関する記載は全然存しないのであるから、裁判所においては右診断書は、同規則第百八十四条により受理してはならないものであるばかりでなく、本件において、前記の公判期日に被告人風見が現実に出頭しない以上、不出頭として扱つたのは何等違法があるものと認められないし、なお同被告人が出頭しないため原審において、被告人風見の審理を、共犯者として共に起訴され第一回公判期日において同被告人との併合審理を経た被告人鈴木幹子の審理と分離したのは、刑事訴訟法第三百十三条の規定に基ずく適法な措置と目すべく、この点原審の措置に何等違法があると認めることができない。
次に昭和二十五年二月一日の本件公判期日において、被告人風見が椅子に腰掛け息遣い苦しく時々胸をさすり咳込んでいたことは該公判調書により明らかであるけれども、同調書を仔細に検討し、なおこれを当審における同被告人の供述と対比し考察するも、前記の期日において被告人が自ら又は弁護人と協力して適当に防禦権を行使することができなかつた程の病状にあつたものであるとは認め難い。また分離公判における共犯者鈴木幹子の供述については、後審理を併合した際被告人風見に対しその調書を読聞けたことが右二月一日の公判の調書により明白であるから、原審が右鈴木の供述の内容を被告人風見に知らせないため同被告人の防禦に不利益を生ぜしめたとかその他の違法があるということはできない。なお犯行の動機の取調、その他証拠調の限度並びにこれがため期日を続行すると否とは、裁判所の自由裁量に属するところであつて原審において、被告人が病気恢復後に立証及び犯罪の動機についてなお詳細に陳述したい旨申立てたのに対し、原審がこれを容れずして結審したことは所論のとおりであるが、当審における被告人風見、鈴木の仔細な供述に対比し考察するも、原審における右の措置が、被告人風見に詳細な陳述を許容し、その欲する立証をなさしめた場合と、判決の結果に格別差異を生ずるものであるということは認められない。従つて原審の右の措置を目して、判決に影響を及ぼすべき被告人風見の防禦権の抑圧とか、刑の量定上重要な犯罪の動機について陳述する機会を奪つたものであるとか、この違法があると認めることができない。
また憲法第三十七条第一項にいわゆる公平な裁判所の裁判とは、偏頗や不公平のおそれのない組織と構成を持つ裁判所による裁判を意味し、個々の事件につきその内容実質が具体的公正妥当な裁判を指すのではないと解すべきであるから(昭和二二年(れ)第四八号昭和二三年五月二六日最高裁判所大法廷判決参照)、被告人の防禦権や犯罪の動機に関する陳述を制限したことを理由として右憲法の条項違反であるとする弁護人の所論は当らないといわねばならない。
更に原審において被告人風見が前記の如き身体の状況にあつたことは前示のように明らかであるけれども、原審公判調書を検討すれば、裁判所において右の事情を十分に認識勘案して審理を進行したものであることが窺われるのであつて、被告人風見が右の身体の状況のもとにおいて供述したことを目して、自己に不利益な供述を強要されたものであると認められないし、拷問脅迫によつて自白を強要された結果となつたと認めらるべき事由は見当らない。従つて原判決には弁護人所論の憲法第三十八条に違反した違法があるということもできない。